投稿に少し日数が空いてしまいました。
お待たせしてすみません。
その分、長めに書いてみます。

さて、本日は「学芸職員とっておきの話し」の開催日。
当講座では2年ぶりの登壇となる、奥州市教育委員会歴史遺産課学芸員の重森直人さんをお招きしてお話しを頂戴いたしました。
そう。今年度から2巡目に突入する方が何名かいらっしゃいます。

今回のテーマは「縄文の国から2015 人と野生動物とのかかわり―縄文から現代そして未来へ―」というもので、縄文時代の狩猟生活における動物利用の状況を学び、現在の社会問題をも考える内容。

農作物などを育てた経験のある方なら、野生動物に作物を食い荒されるなどの出来事に一度は遭遇したことがあるかもしれません。これを「獣害」といいます。江刺地方でもニホンジカやニホンカモシカ、タヌキ、ツキノワグマなどによる獣害がここ数年頻発しています。
では、こうした野生動物たちはいつから人々に嫌われる害獣になったのでしょうか?
西日本を中心として、既に江戸時代には「シシ垣」とよばれる防塁や柵列で、農地の周辺を囲み、野生動物の侵入を防ぐ対処法がとられていました。また、野生動物の天敵となるオオカミを崇める三峰信仰があった一方で、オオカミによる馬の被害が多かった盛岡藩や八戸藩では三峰神社の御札はオオカミ除けとされ、オオカミそのものも駆除対象とされてきました。

縄文時代までの生業は漁労や植物の採取なども含めて狩猟生活が中心であり、縄文人たちは野生動物の肉を食し、毛皮を得、角や骨は様々な道具に加工してきました。しかし、弥生時代以降は徐々に農耕へと社会基盤が移行し、狩猟人口も減少していきます。そして、ついに農耕が生業の主幹を成すと、田畑を荒らす野生動物は疎んじられる存在になっていったと考えられます。 
そうなると、野生動物との共存はなかなか難しい問題となってきます。
もちろん、野生動物の世界にも捕食者と被食者の関係がありますが、上記のオオカミの問題などから人間の手が加えられるようにもなってしまいます。

ところで、縄文人たちは約1万年間にもおよぶ縄文時代において、「貝塚」というものを築いており、それを説明する際に「縄文時代のごみステーション」という表現がたまに用いられたりします。
確かに貝塚には、食べ終えた魚介類や動物の骨、壊れて使用できなくなった土器や石器などが無数に堆積しているので、私たち現代人にとってはとても分かりやすい例えになるかもしれません。
ところが、 貝塚からは人間の骨も出土します。
果たしてこの「貝塚」の存在を私たち現代人はどのように理解すればいいのでしょうか。
ちなみに、敢えて断っておきますが、縄文人に食人の習慣はありませんし、これより先は縄文人たちの精神世界に迫り、想像するよりほかありません。

もしかすると、縄文人たちは有形無形を問わず、あらゆるものに生命が宿っているのだと考えていたのではないでしょうか。つまり、「捨てる」という概念そのものが無かった可能性も考えられます。
そうなると、貝塚はあらゆる生命を平等に葬る大規模な「お墓」。あるいは尊い生命の存在を確認し、その魂の再生を祈る「聖地」だったのかもしれません。

講座の終盤、重森さんから「人と野生動物の今後」というお話しがありました。
世の中が多様化してるとはいえ、現代もなお私たちは農耕社会の中で暮らしています。したがって、農業における獣害問題は今後も続くことでしょう。
そうした中において、野生動物との共生を考えた場合、私たちはどういった視点を持てばいいのでしょうか。
重森さんは某カレーチェーン店が販売している「鹿肉の煮込みカレー」を一例にとりあげました。
肉や毛皮、角などの利用(需要)を増やすことで、野生動物は害獣ではなくなる可能性があるのです。しかし、それは単純に野生動物の生命を奪い眼前の富を増やすという意味では決してありません。
乱獲など人類の身勝手な欲望により、絶滅した種は数多あります。自然環境の摂理に対する無知は悲劇しか招きませんし、狩猟生活を主としていた頃の人類の本能的感覚は、農耕社会の発展と引き換えに失ってしまったといっても過言ではありません。
だからこそ、私たちは過去の教訓から学び、遠い祖先の営みと価値観に触れながら、その上において初めて野生動物の「適切な個体数調整」という選択肢を選ぶことが可能となるのです。

私たちは食事をする際、「いただきます」という言葉を発します。
では、いったい何をいただいているのでしょうか?

縄文人が築いた「貝塚」に話しを戻します。
彼らにとって家族も友人も恋人も先輩も後輩も大切な存在です。そして、動植物や水や石や土なども同様に大切です。生きる上でどれも欠かすことはできませんし、それら全てに生命が宿っています。
当然、自分の生命を繋ぎとめてくれている存在に優劣など付けれるはずがありません。
だからこそ、どの生命も平等なのです。
人間の寿命が尽きた時も、動植物の生命を奪った時も、土器や石器が役目を終えた時も、その魂は等しく送ってあげなくてはならないのです。
そして、生命の再生を祈ります。 再びその生命と出会うことで、自もまた生きられるのです。

このように縄文人の精神世界を探るだけでも、その豊かさは無限に膨らみます。
もちろん、文字記録のない有史以前の時代のことなので、想像の域を脱し得ません。
しかし、縄文人の生き方は、現代社会に対して多くの示唆を与えてくれているのではないでしょうか?
縄文文化は現代社会の対極に位置しているのではなく、意外と身近な存在なのかもしれません。何故なら、私たちが今暮らしている地域は、彼らが暮らしていた地域でもあるのです。
したがって、縄文人の精神文化や価値観に学ぶことは、実は私たちが現代を生き、そして未来を切り開くための大きな原動力ともなり得る可能性を秘めているのです。

とても奥行きの深い本日の講座のテーマ。いいですねぇ。
重森さんは大変丁寧に解説して下さいました。
ありがとうございました。
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 さて、次回の「とっておきの話し」の開催日は8月2日(日)。
奥州市牛の博物館主任学芸員の森本陽さんにお出まし頂きます。
是非、お気軽にご参加下さいませ。

 江刺地方より「まごころ」をこめて。

いつもご愛読ありがとうございます。


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